老人とわんこ

認知症の親父と犬との日々

嚥下障害と認知症の方のお食事

父親は、先月誤嚥性肺炎のため、1週間入院しました。

その後、ゆっくりと食欲も戻り、食事量は入院前程度になりましたが、

食事中のムセはあります。

ドラッグストアで、嚥下困難用の食事のパックを買おうとしましたが、どれもお高くて買う気になりませんでした。

食べ易そうなものを手作りすればいいのでしょうが、父の偏食もヒドくなっているので、作った物を箸も付けない事もしばしばでした。

認知症のためでしょうが、まず見た目で判断するようです。おかずは全く食べず、白ご飯だけ食べる事もあります。

作った物を棄てるのも腹が立ち、最近は父親が必ず食べるであろうものを出すようにしています。

で、最近のヒット製品がこれらのウナギの蒲焼きモドキであります。

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認知症の方の介護には、多くの人を巻き込みましょう!

昨日は娘の所へ、お泊まりしました。

古くからの友人と、ゆっくり飲みながら喋り、楽しむためです。

車で1時間の場所でも、泊まるとなると、父親の夕飯と寝る準備、朝ご飯とデイサービスへの送り出しが必要で、そこは近所に住む姉に頼みます。

姉は実家に泊まる事は無く、用事が済めば帰るため、夜中は父親1人になり、心配ではありますが、敢えて月に1回くらいは予定を入れております。

もちろん、自分の気分転換のためですが、介護の実際を知ってもらうには、短時間でも任せてしまう方が有効です。

今後、要介護者が増え、介護保険サービスは年金と同じく削られる一方で、老若男女が介護に関わらなければならないのですよね。

介護される方の状態にもよるでしょうが、出来る限り周囲の人に頼んでみるのが良いと思います。

先日20才になった娘が家に来て、私が仕事だったので「様子だけ時々見ててね」とお願いしていたら、床に座り込んでしまった父親をベットに上げて寝かせてくれていました。 困ったなりに、考えて対応しておりました。

介護では、避けられない排泄の問題。

母が、祖母の介護をしていた時には、布オムツを使っていました。私は、それを洗う人の大変さは考えず、染み付いた臭いが嫌だな、と思うだけでした。

今、使い捨てられるパンツやパットが無かったら、何回となく父親に対して殺意を覚えていたはずです。

本当に紙のパンツはありがたく、もう10年近く使わせてもらっています。

3か月前迄は、時々、濡れて気持ち悪いとか、便意があったりでトイレに行っていました。そんな時は大抵、トイレの中やズボンが、大変な事になっています。そうでなくても、便器周囲は汚れることが多く、掃除の毎日でしたが、パンツやパットは新聞紙に包んで捨てる事が出来るので、時間と手間が随分省けます。

現在は、尿、便意ともに全く無く、デイサービスでは時間ごとトイレへ誘導してもらっていますが、家では朝と寝る前にパットを交換するのみで、殆どトイレに入らないため、家のトイレは掃除回数がぐんと減りました。

ただ、週1回くらい、朝起きた時に、シャツやズボンが尿で濡れていて、服と防水シーツ全部洗濯、という日がありました。決まって、私が仕事の日の朝です。

単価の安さで選んで買っていた、リハビリパンツだったので、再検討することに。

ドラッグストアによっても、リハビリパンツやパットの品揃えが異なり、いろいろなメーカーのものを試して、値段も考えて、現在使用の物にしてからは、殆どモレがなくなりました。

しかし、試すのも、1袋が枚数が多くて、ハズレだった時は無くなるまでモレを覚悟して使ったりしました。たまに1枚や2枚入りのお試し用を売っているのを見かけますが、全メーカー全種類、お試し用を作ってくれるか、ドラックストアで希望者には小分けして売ってくれたら、皆さん試用し易く助かるのではないかと思いました。

 

誰ともしゃべる事なく、また日が暮れようとしている‥

認知症父親は、簡単な言葉の意味が解らない時があり、会話は殆ど成り立ちません。

犬が居た時には、犬の目が見えないためもあり、よく声を掛けていたのだ、という事を思い知りました。

午前中、2件のスーパーで買い物の後、台所で作りおきに励み、食事、読書、と顔面の筋肉を余り使っていないと、気付きました。慌てて顏のマッサージなどやってみたり、ついでに老人に指導している嚥下体操を行いました。

使っていないのは顔面だけではなく、朝夕の散歩、休日の山歩きを、この2カ月していないので全身の運動不足です。

お盆を過ぎると少し暑さもやわらぐはずで、朝の散歩を再開し、次の休日は、娘や古い友人を訪ねてみようと思います。

とりあえず、明日は仕事場で、迷惑がられない程度にしゃべりまくります!

認知症、父親のキーワード

一年前くらいから、父親と会話が成立しなくなる事が多くなり、私が何度説明しても知らんぷりする様になりました。何を聞いても返事さえせず、目を合わせず、その態度にまた、腹が立ち、という日々で。

簡単な事しか言っていないのに、まるで無視するかの様な態度に、相当イライラが募りましたが、ある時、私が言っている言葉の意味が解っていないのではないか?と思い至りました。

そう思って反応を見ていると、解らないからどうしていいのか、途方に暮れているような場面が多々ありました。

それからは、出来るだけわかり易い単語を繰り出すようにしていますが、嫌いなものや関心が無いものは、頭の中に残っていない様です。

「デイサービスに行くから、準備せな。」

と言うと、立ち上がろうとします。

大好きな「デイサービス」を何回も使って、動きの鈍くなった父親に動いてもらっていますが、デイ好きという方が珍しいと思います。ありがたいことです。

今日は、昔住んでいたところのお寺から住職が、お盆のお参りに来て下さったのですが、昔住んでいた地名を聞いた時も、父親の視線に力が入りました。

ヤル気無し、うるおい無しの介護

犬が亡くなってから、そうそう悲しみに浸っている時間も無く、陽が昇るとやるべきことはあります。

それに加えて、この暑さ。連日の猛暑で暑さ対策だけで1日が終わる気がします。

犬中心の毎日の時は出来なかった事、スーパーでゆっくり商品を眺めるとか、美術館で絵を観るとか、やってみましたが、今ひとつ面白くない‥

そうこうしているうちに、また、父親が体調悪くなり、具合が悪くなるのは今回も連休中で、救急病院に受診することになります。

誤嚥性肺炎。年寄りは肺炎起こしていても熱が出ないことがあるから判りにくい。

今回も症状は、咳と、なかなか動かない事だけでした。

週明け、初めて主治医と会った時、まず

「何か心配な事がありますか?」と聞かれて

認知症があるから、入院すると進行するのが心配です。」

と言うと

「賛成です。じゃ、退院はいつにしましょ。仕事休みは今度いつですか?」って。

病状も検査の結果も説明ないまま、退院の日が決まり、その日の夕方から食事が開始となりました。

仕事柄認知症の人と関わることが多いので、その展開にあまり驚きませんでしたが、きっと病気を治療してもらいたいと思う普通の家族は、激怒するだろうな、と思った次第です。

認知症の父親と二人の生活になってしまいました

2週間前、愛するわんこが息を引き取り、家の中は父親と二人きりになりました。

生活に張り合いと潤いが無くなって、わんこの存在が大きかった事を思い知ります。

認知症父親は、自分から話しかけることが少なくなっており、犬が居なくなった事についても何も言いません。けれど毎日、庭に居て寛いでいる犬を眺めていたので、何かしら感じていると思います。

私にとっては、ことさらにいろいろ訊ねられない事はありがたいことで、自分の感情のままに悲しんだり、楽しい時を思い出したりする事が出来ます。

先週末、今は離れて暮らしている娘が来て、娘も10年近くわんこと一緒に暮らしていたので、その死を思い切り悲しむことができました。

同じ家に住んで暮らしている家族は、同じ世界を生きているように思いがちですが、父親認知症ではなくても、それぞれの認識する事実は同じではないのだと気付かされることが多くあります。

忙しくしていると、つい自分の正しさや感覚を他の人に押し付けそうになるので、自分の感情は大切にしながら、考えはしっかりと持ち、周囲の人との関係を築いていきたいと思っています。