老人とわんこ

認知症の親父と犬との日々

まだまだ修行が足りませぬ。

毎日出来るだけ、機嫌良く過ごすように、心がけておりますが、自分の感情さえ思うようにはなりません。

数日前も久し振りにキレました。

父親に歯磨きするようにと歯ブラシを握らせたのですが、何を言ってもあちらの方をぼんやり眺めて知らんぷり。で、歯ブラシを取り上げて私がやってあげようとすると、「何をするか!」とすごい剣幕で怒ります。

私の頭の中でブチっと何か切れる音がして、父の剣幕以上に言い募りました。こうなると歯磨き自体は無理で、言葉も全く意味を持たなくなります。

認知症の法則「感情残存の法則」にあるように、私の顔と負の感情が結びついているのだろうな、と思います。しかし、私の方が我慢すると、胃に穴が開きそうなので我慢はしません。

自分で歯磨きをスムーズに終わらせるように、食事の後あまり時間を置かずに促してみているところです。

朝の歯磨きは、「デイサービスの迎え」という魔法の言葉で苦労が無いのですが‥。

ケアマネージャーに対して思うこと

父親が体調悪くなるのは、大抵病院が休みの日曜や連休中で、休み明けに状況が変わっている事が多くあります。

デイサービスの方々や、ケアマネジャーさんには申し訳ない事です。

特にケアマネさんは、事業所にもよりますが、1人の担当が35〜39人と聞きます。予定を組んで1日に2人の利用者や家族に面談出来たとしても、ほぼ1ヶ月かかり、その介護プランを管理し、他事業者との連絡など、大変な業務量だと思います。

そんな日々の中で、急な相談や変更は、正直言ってツラいものがあると判っていますが、仕方がない。

5月の連休中に、どうにか歩いていた父親が歩けなくなり、寝返りさえ出来なくなって、連休明けに連絡入れました。「至急、電動ベットと褥瘡予防マットレス、車椅子が要る!」

ケアマネさんは、福祉用具の会社やデイサービスへ連絡して手筈整えて、数日後道具の搬入時、立ち会って下さいました。

その時、1番に「すごい、大変でしたねー。よく1人でされましたねー。」と言われました。ご自分も忙しいはずですが、まず、労ってくれて、それだけで信頼感は急上昇したのでした。

その思いは、後々まで残るものです。介護を仕事にしている者として、見習わなければと肝に命じた次第です。

認知症のお薬について思うこと

うちの父親は、母が亡くなる前後、8年前から認知症の症状が表れました。

その後6年間1人暮らしだった事もあり、認知症に対するお薬は全く飲んでいません。

認知症薬どころか、定期薬も無く、たまに便が出ない時に下剤を飲むくらいです。食道と前立腺の癌も、身体の中でくすぶっているはずですが、症状にも検査にも出てきません。

職場のご利用者さんは、殆どの方が飲んだりパッチを貼ったりされていて、90歳代の方も、もれなく与薬されています。

で、父親認知症の薬を内服していたら、症状の進行を遅らせる事が出来たのか?と考えるのですが、血圧や糖尿病の様に数字で判定できないので、全く解りません。

当然、一般的なデータはあるはずですが、単に長谷川式簡易スケールの点数が変わらなくても、喜んでいられないのが、認知症です。

生活上問題になるのは、主に周辺症状であり、 副作用にしても殆どの場合、本人が的確に身体の状態を訴えることが難しいと思われます。

お薬開始後、しばらくの間は周囲の人が注意して見ていく必要がありますが、「飲まないよりまし」みたいに多くの方が内服されているのが不思議に感じております。

介護における苦しみを考えてみました。その2

認知症父親と住んで、私にとって、辛かったのは感情的な問題でした。

ほとんどの介護者もそうだと思います。

説明しても解ってもらえない、止めても聞かない、疑われる、罵倒される‥。

いろんな本を読んだり、インターネットで認知症の理解と対応方法を仕入れましたが、腹が立つのはどうしようもありません。

そんな毎日の中で身に付けたワザは、「忘れる」でした。

全く忘れてしまう事は無理ですが、自分の機嫌を直すことに専念し、思いを引きずらないようにしました。

と言っても、ほとんどは意識的にやった訳ではなく、イライラの気分のまま掃除や料理を始めたり、犬と散歩すると、自然に目の前の事に没頭しています。風呂場や台所がピカピカになり、大量の野菜のみじん切りが出来て達成感を味わうと、気分は良くなってしまうのです。

現在の父親は症状が進み、言葉自体の意味が解らない事も多いようで、罵倒したくても、罵る言葉が出てこないのではないかと思います。

で、2週間に1回くらい「ありがとう」とか言うので、私の方が驚いてしまうのでした。

介護における苦しみを考えてみました。その1

自宅で認知症父親を介護していて、今は不思議なことに余りキツさを感じません。

以前と比べて何が違うのか考えると、精神的なストレスが減った為だと思えます。

実際の援助にかかる手間は少し増えた程度です。

多分1番問題となるのは、自分の方の精神的な苦痛と思われますが、まず、物理的な介護の問題について考えてみます。

直接的な介護では、私は専門職であり、それに対するノウハウを持っているので余り困りませんでした。

起き上がりが大変になった時、電動ベットをレンタルし、リハビリパンツとパットも昼と夜で最適な組み合わせを見つけ、朝の着替えと食事を速やかに済ませる手順を考え、今現在の父親が動きやすいようにすると、私も必要以上の力を使わなくて済むのです。

しかし、今後自宅で入浴させなさい、と言われると、それだけで疲弊してしまうと思います。まさにデイサービス様様です。

介護している人は、いろんな情報を得ていると思いますが、「少し大変」と思いつつ毎日「仕方ない」と思ってやり続けている事も多いと思います。

ケアマネージャーは、実際に殆どの人が忙しくしてますが、少し大変な事も相談してみて、訪問の看護師、介護員、デイサービスの職員にも話してみる事をお勧めします。ダメもとです。

体調から教えられること

持続しない我慢出来る程度の痛みや、何と無くの身体の重さなどは、時々不快に感じますが、処置せずに日々をやり過ごす事が多いように思います。

私の場合は、腰痛で、10年以上前からすべり症がある事は判っていますが、鎮痛剤を飲む程ではありません。つらい時に整骨院に行く位でした。

生活習慣は偉大で、2年前に介護の為に実家に来て、仕事も変わると、いつの間にか腰痛が全く気にならない程度になっておりました。楽な時は、快適さに慣れてすっかり腰痛が治ったような気持ちでいたのですが‥

最近また、腰の痛みを感じる様になったのです。介護といっても身体的な事は着替えや、リハビリパンツの交換程度で、仕事も内容は変わりません。

変わった事といえば、犬と散歩に行かなくなった事でしょうか。

1日2回の近所は欠かさず、休日は山歩きを楽しんでいたのが、犬が体調悪くなってから、途端に私も歩かなくなりました。

犬の為に散歩していたつもりが、犬に散歩させられて、元気に過ごしていられたのだと思い知りました。

解ったのなら、歩けばいい、と言われそうですが、元々怠け者の私は1人で黙々と歩く気持ちになれず、時々腰痛いと眉間に皺を寄せております。

「期待するから、腹が立つ」くどひろさんの名言

認知症についての本やブログを読んで、共感を覚えたり、介護のアイデアを貰ったりする事があります。

自分の陥っている思考のパターンに気付くことで、少し客観的になれるように思います。

工藤広伸氏の著書の中で、「腹が立つのは期待があるから」とあり、自分の状況を言い当てられた様に感じた次第です。その本はもっと介護に悩んでいる知人にあげてしまって、手元にないのですが、その言葉は記憶に残っています。

「これ位出来るだろう」とか、「当たり前の事」と私が思っている事が前提としてあり、それに対して期待通りの反応がないと、私はイライラ腹を立てる。

腹立たしい状況は、私の中で作り上げているのです。

と解っても、その場ではやはり、怒ってしまいますが、嫌な感情を引きずることは少なくなりました。

そして、認知症の親に対するだけでなく、子供達や友人にも期待が大きければ、失望や怒りを覚えてしまうのです。

家族といえど、自分の想いの通りにはならないと、日々自分に言い聞かせております。